ブログについて

映画やTVドラマなどを観ていて、その中で流れてくる音楽、撮影に使われた建築やセットのデザイン、舞台の背景となるインテリア、登場人物が手にしているガジェットやプロダクトなどが気になったことはありませんか?
このブログでは、映画やTVドラマの中に登場するさまざまなものを調べて紹介していきます。そうしたものにも目を向けてみると、映画やTVドラマが今まで以上に楽しくなるはずです。映画、TVドラマ、音楽、建築、インテリアのどれかに興味がある方に、また自分と同じようにそのどれもが寝ても覚めても好きでたまらないという方に、面白いと思ってくれるような記事を発見してもらえたらという思いで書いています。


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執筆者:伊泉龍一(いずみりゅういち)

ブログ以外には、以下のような書籍の翻訳をしたり、本を書いたりもしています。


60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール
ロバート・C・コトレル 著 伊泉 龍一 訳
『60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール』


ドン・ラティン 著
『ハーバード・サイケデリック・クラブ ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか?』



デヴィッド・ヘップワース 著
『アンコモン・ピープル ―「ロック・スター」の誕生から終焉まで』



サラ・バートレット 著
『アイコニック・タロット イタリア・ルネサンスの寓意画から現代のタロット・アートの世界まで』



ジェイソン・ヘラー 著
『ストレンジ・スターズ ―デヴィッド・ボウイ、ポップ・ミュージック、そしてSFが激発した十年』



ピーター・ビーバガル 著
『シーズン・オブ・ザ・ウィッチ -いかにしてオカルトはロックンロールを救ったのか』

レッド・ツェッペリンの訴訟によって映画から永遠に消されてしまった曲――映画『バッド・ルーテナント』の中のスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」

映画  音楽  ミュージック・ビデオ   / 2023.05.29

 前回、最初のギャグスタ・ラップの曲とも言われているスクーリー・D(Shoolly D)の「「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’(P.S.K. ‘What Does It Mean’)」のリズム・トラックが、ローランドのTR-909というリズム・マシーンのストック・ビートを使っていたことについて書きました。

 今回は、前回の最後で予告した通り、スクーリー・Dの曲「シグニファイング・ラッパー」がアベル・フェラーラ(Abel Ferrara)監督の1992年の映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト(Bad Lieutenant)』で使われたこと、その後、その曲にレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の曲「カシミール(Kashmir)」がサンプルされていたために、その曲の映画での使用が著作権侵害として訴えられることになった、当時の状況について書いてみたいと思います。

 まずは映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』のトレイラーをご覧ください。冒頭でミルトンの『失楽園』の中の一節のテキストとともに、1954年にリリースされたジョニー・エイス(Johnny Ace)が歌う非常に有名なブルース・バラッド「プレッジング・マイ・ラブ(Pledging My Love)」が流れてきます。そして、37秒のあたりで画面が切り替わり、ハーヴェイ・カイテル(Harvey Keitel)演じる汚職にまみれた警部補が事件現場にやってきた場面が映し出されると同時に、スクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」が流れてきます。

アベル・フェラーラ監督『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト(Bad Lieutenant)』のトレイラー

 この映画を実際にご覧になった方なら同意してくださると思いますが、まったく「楽しい」映画ではありません。全編を通して観ている側を不快にさせる堕落した警部補の絶望的な日常が生々しく描かれていきます。ですが、終盤でキリスト教の「赦し」という宗教的な主題に焦点が移り、そして観終わった後も、しばらくの間、忘れることができなくなる終盤の展開へと向かっていきます。

 ところで、ついでの話になりますが、今回、映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』に関する記事をいろいろ読んでいて初めて知ったのですが、もともと主役はクリストファー・ウォーケン(Christopher Walken)が演じる予定だったんですね(ウォーケンは、アベル・フェラーラ監督の前作『キング・オブ・ニューヨーク(King of New York)』(1990年)にも出演していました)。

 MENTAL FLOSSのEric D Snider氏の記事’13 Great Facts About Bad Lieutenant’によると、ウォーケンは役に自分がふさわしくないと思い、自ら辞退したようです。しかも、それが撮影の3週間以内になってからだったので、当然のことながらアベル・フェラーラ監督は、本人いわく「絶望的なショック」を受けたとのこと。で、結局、ハーヴェイ・カイテルがウォーケンの後任となるわけです。

 とはいえ、カイテルが脚本を最初に受け取ったときの反応も、かなり悪かったようです。フェラーラ監督はこう述べています。「初めて[カイテルに]脚本を渡したとき、彼は5ページほど読んで、ゴミ箱に投げ捨てた」。

 とはいえ、カイテルが出演する気になったのは、やはりこの映画の終盤に向かっていく箇所を読んだことによるようです。カイテルは次のように述べています。「修道女についての部分を読んだとき、なぜアベルがそれを作りたかったのかが分かった」。

 それにしても、ハーヴェイ・カイテル主演で映画を観た後だから、こう思うのかもしれませんが、主役はクリストファー・ウォーケンでない方が良かったようにも思われます。

 実際、同映画の編集者アンソニー・レッドマン(Anthony Redman)も、カイテルの方を選んだのは正しかったと発言しています。レッドマンいわく「この役に対してクリスは上品すぎる……ハーヴェイは上品ではない」だそうです。確かにそうかもしれません。現に、この絶望的な映画に、観る側を否応なく引き込んでいくのは、凄まじく下品な役柄にはまりこんだカイテルの演技であることは間違いありません。

 この映画でのカイテルの演技がいかに素晴らしかったかについて、wburの記事‘In ’90s Indie Fashion, A ‘Bad Lieutenant’ Stumbles Toward Redemption’でSean Burns氏が、次のようにも評しています。

 「自身の内臓を画面全体に塗り付けているようにも感じられるということで言えば、『ラストタンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランド、『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエル・デイ=ルイスと同じように、一世代に一度あるかないかのような演技をやり遂げている」。

 さて、肝心のスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」の方の話に入りましょう。まずは以下で、改めて「シグニファイング・ラッパー」をお聴きください。

スクーリ―・D(Schoolly D)の「シグニファイング・ラッパー(Signifying Rapper)」

 スクーリー・Dの詩の朗読のようにすら聞こえるゆったりとしたラップが、レッド・ツェッペリンの「カシミール」の劇的なリフの反復に乗っかることで、威厳すら感じられますね。

 この「シグニファイング・ラッパー」は、映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』のために作られた曲ではなく、もともと1988年のスクーリー・D のアルバム『スモーク・サム・キル(Smoke Some Kill)』の中に入っていた曲です。

 この当時、多くのラッパーたちは、過去の曲を許可なくサンプリングして使用するのが常習化していました。そして、スクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」もそのひとつで、レッド・ツェッペリンの「カシミール」を無許可でサンプリングしていたわけです。

 ですが、この曲が出た段階では、いまだ著作権の訴訟は起きてはいません。しかしながら、「シグニファイング・ラッパー」がサウンドトラックとして使用された映画『バッド・ルーテナント』が公開されてしばらく経った後、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとロバート・プラントから著作権侵害で訴えられることになりました。

 1994年3月5日の『ビルボード(Billboard)』紙が報じているところによると、ツェッペリンの弁護士側から「シグニファイング・ラッパー」が「カシミール」に「著しく類似しコピーをしている」ということで、TV放映予定の『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』から削除することをHBOに要請したとのこと。それ以来、DVDでもいかなる放送でも、この映画を「シグニファイング・ラッパー」が入ったオリジナル版の形で見ることができなくなってしまいました。

 このツェッペリンの訴訟によって、監督のアベル・フェラーラは驚きとともに、かなり腹を立てています。A.V.CLUBの2002年11月27日のインタヴュー記事で、「シグニファイング・ラッパー」の使用を同映画から削除するように命じられたことについて次のように怒りをぶちまけています。

 「非常に腹が立ったので、こう言った。「分かったよ、このくそやろう」。それを変えて、その場所に他の音楽を入れることもできたけれど、「このくそやろう、俺たちは何も入れるつもりはない」と言ったんだよ」。

 同インタヴューでのアベル・フェラーラの言い分に耳を傾けてみると怒りたくなる気持ちも理解できます。彼は次のようにも述べています。

 「あの下劣なジミー・ペイジを絞め殺してやるよ。あの男が演奏した全てのくそリックが、ロバート・ジョンソンのアルバムに由来していないとでも言わんばかりじゃないか。「シグニファイング・ラッパー」は5年間世に出ていて、問題はなかった。そして映画は公開されてすでに2年が経っていた。その後、彼らはそれについて不平を言い始めた……なぜ訴訟を起こすんだ? 誰かが自分の作品に敬意を表してくれるのは嬉しいはずだろう」。

 確かにアベル・フェラーラの述べている通り、1992年の映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』に先立つ4年前の1988年に「シグニファイング・ラッパー」はリリースされていましたが、著作権で訴えられることはありませんでした。ところが、映画が公開されて2年後に、それがホーム・ビデオとして発売され、TV放映される段階になって訴えられたわけですから、突然何なんだよ、と思う気持ちにもなるでしょう。

 アベル・フェラーラ監督の言っていることに共感しつつも、極力公平になろうとして見ようと努めるならば、当然のことながら、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとロバート・プラントの方にも言い分があることとと思います。

 PHAWKERの記事‘Q&A With Philly Homeboy Schoolly D, The Original OG’でスクーリー・Dがインタヴューに答えているところよると、レッド・ツェッペリン側は『バッド・ルーテナント』のレイプ・シーンで使われることに抗議していたようです(他にも3カ所で、つまり計4か所で使われていました)。まあ、この点に関して言えば、確かにツェッペリン側の気持ちも分からないでもありません。

 ところで、以前にこのブログの中の記事で、ローランド・エメリッヒ(Roland Emmerich)監督の1998年の映画『Godzilla ゴジラ(Godzilla)』のエンディングで流れていた、同年6月にリリースされたアメリカのラッパー、パフ・ダディ(Puff Daddy)による「カシミール」のリフを使った曲「カム・ウィズ・ミー(Come With Me)」を紹介したことがあります。これは、「シグニファイング・ラッパー」の10年後の曲です。ここで改めて、そのミュージック・ビデオをご覧ください。

パフ・ダディ(Puff Daddy)の「カム・ウィズ・ミー(Come With Me)」のミュージック・ビデオ

 ちなみに、アベル・フェラーラは、このパフ・ダディの曲についても文句を言っています。「この愚劣な野郎[ペイジ]は、パフ・ダディと一緒に方向転換し、『ゴジラ』のサウンドトラックのために、それを作り替えやがった」。

 ところで、アベル・フェラーラが先ほどのA.V.Clubのインタヴューで「あの男が演奏した全てのくそリックが、ロバート・ジョンソンのアルバムに由来していないとでも言わんばかりじゃないか」とジミー・ペイジに対して述べていました(ロバート・ジョンソンは、アメリカのブルース・ミュージシャンです)。ここでフェラーラが言いたかったことは、ジミー・ペイジ本人もそもそも昔のブルースの曲を剽窃しているのに何を言ってんだ、ということです。

 実際に過去、レッド・ツェッペリンのいくつかの曲も剽窃の疑いがかけられてきたのは事実です。

 比較的最近の例で言えば、レッド・ツェッペリンの名曲中の名曲とも言える、あの「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン(Stairway to Heaven)」(日本では「天国への階段」という訳名で知られている)も著作権侵害で訴えられています。この話をここで続けると長くなるので、このことは次回に改めて書いてみることにします。

 最後に今回の記事と関連するドキュメンタリー番組を紹介しておきます。現在(2023年5月30日)、Netflixで観ることができるドキュメンタリー・シリーズ『ヒップホップ・エボリューション(Hip-Hop Evolution)』をご存じでしょうか? もちろん、ヒップホップ好きの方なら、とっくにご覧になっている方も多いかと思われます。

 本当は前回の記事に紹介しておくべきでした。というのも、そのシーズン1のエピソード「ギャングスタ・ラップの登場」では、スクーリー・Dとアイス・Tが、それぞれインタヴューされて出演しています。その中でアイス・Tは、「スクーリー・Dに鼓舞された。彼こそが実際に最初のギャングスタ・ラップだと注目されるべきだ」と述べ、前回このブログで紹介した曲「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’(P.S.K. ‘What Does It Mean’)」に言及しています。

 よろしければ、『ヒップホップ・エボリューション』のトレイラーを以下でどうぞ。

『ヒップホップ・エボリューション(Hip-Hop Evolution)』のトレイラー

 WIRED日本版のサイトの2018年12月31日の「Netflixは、現代を生きるわたしたちの「教養」だ:『WIRED』日本版が選ぶベストNetflix作品 2018」という記事の中で、TOMONARI COTANI氏が、この『ヒップホップ・エボリューション』を紹介しながら、次のように述べています。

 「「ヒップホップ? うーん関係ないかも」 そう考えた方々にこそ……この機会にヒップホップカルチャーに触れてほしい。ニューヨーク、サウスブロンクスの一角で人知れず始まったブラックカルチャーが世界を席巻していくさまを眺めながら、「自分なら、これから、何ができるだろうか」と思いを巡らせてみることで、世界を見つめる解像度が、確実に高くなるはずだから」。

 とても共感する見解でしたので、一部をそのまま引用させていただきました。

 先ほども述べたように、『ヒップホップ・エボリューション』は、現在Netflixで観られますが、元々は2016年の ホット・ダクス・カナディアン・インターナショナル・ドキュメンタリー・フェスティヴァル(Hot Docs Canadian International Documentary Festival )で最初の二つのエピソードが上映されました。そして、その後 HBO カナダで放送されました。

 監督はロドリゴ・バスキナン(Rodrigo Bascuñán)とダービー・ホイーラー(Darby Wheeler)です。シリーズのホストは、カナダのラッパー、シャド(Shad)が努めています。

 2017年の第5回カナダ映画賞では「最優秀伝記または芸術ドキュメンタリー賞」と「最優秀編集賞」を受賞していますし、2017 年の国際エミー賞でも「最優秀芸術番組賞」を受賞しています。そのことが証しているように、『ヒップホップ・エボリューション』は非常に優れたドキュメンタリーなのです。題名通り、ヒップホップの進化の過程を改めて辿ることができる貴重な番組であるだけでなく、これまでヒップホップに関心がなかった方でも、その興味深い歴史に引き込まれるのではないかと思います。

 今回のスクーリー・Dとの関連で、もう一つ紹介しておきたいのが、塚田桂子氏の訳で日本語訳が読めるソーレン・ベイカー著『ギャングスター・ラップの歴史 スクーリー・Dからケンドリック・ラマーまで』(DU BOOKS 、2019年)です。もちろん、他にもヒップホップに関する良書はいろいろありますが、しかし今回の記事は何と言ってもスクーリー・Dの話だったので、何と言っても、この本です。まだ、読んでいないという方には、強くお勧めします。

 それからもう一冊。著者の小渕晃氏の網羅的なディスク選びに恐れ入る『ギャングスタ・ラップ ディスクガイド──ヒット・定番 600曲・600枚 』(Pヴァイン 、2020年)です。こちらも絶対に手元に置いておきたい貴重な一冊です。

 さて、次回はレッド・ツェッペリンを代表する名曲「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」(天国への階段)が剽窃として訴えられた件、ついでに「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」をギャグのネタにしたペネローピ・スフィーリス(Penelope Spheeris)監督、マイク・マイヤーズ(Mike Myers)脚本・主演の1992年の映画『ウェインズ・ワールド(Wayne’s World)』についても書いてみたいと思います。というのも、次回詳しく話しますが、実は『ウェインズ・ワールド』も、ツェッペリン側からそのギャグの部分の変更を余儀なくさせられてしまうのです……。

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