ブログについて

映画やTVドラマなどを観ていて、その中で流れてくる音楽、撮影に使われた建築やセットのデザイン、舞台の背景となるインテリア、登場人物が手にしているガジェットやプロダクトなどが気になったことはありませんか?
このブログでは、映画やTVドラマの中に登場するさまざまなものを調べて紹介していきます。そうしたものにも目を向けてみると、映画やTVドラマが今まで以上に楽しくなるはずです。映画、TVドラマ、音楽、建築、インテリアのどれかに興味がある方に、また自分と同じようにそのどれもが寝ても覚めても好きでたまらないという方に、面白いと思ってくれるような記事を発見してもらえたらという思いで書いています。


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執筆者:伊泉龍一(いずみりゅういち)

ブログ以外には、以下のような書籍の翻訳をしたり、本を書いたりもしています。


60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール
ロバート・C・コトレル 著 伊泉 龍一 訳
『60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール』


ドン・ラティン 著
『ハーバード・サイケデリック・クラブ ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか?』



デヴィッド・ヘップワース 著
『アンコモン・ピープル ―「ロック・スター」の誕生から終焉まで』



サラ・バートレット 著
『アイコニック・タロット イタリア・ルネサンスの寓意画から現代のタロット・アートの世界まで』



ジェイソン・ヘラー 著
『ストレンジ・スターズ ―デヴィッド・ボウイ、ポップ・ミュージック、そしてSFが激発した十年』



ピーター・ビーバガル 著
『シーズン・オブ・ザ・ウィッチ -いかにしてオカルトはロックンロールを救ったのか』

なぜチャプターハウスの「パール」とスージー・アンド・ザ・バンシーズの「キス・ゼム・フォー・ミー」のドラム・ビーツが似ているのか?――ギャングスタ・ラップの創始者スクーリー・Dの「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」とローランドのTR-909

映画  音楽  ミュージック・ビデオ   / 2023.05.20

 ところで、チャプターハウス(Chapterhouse)のようなイギリスのシューゲイザーのバンドが好きで、かつスージー・アンド・ザ・バンシーズ(Siouxsie And The Banshees)のようなポスト・パンク出身のバンドも好きな人というのは、日本ではどれぐらいいるのでしょうか?

 まあ、多くはないかもしれませんが、まったくいなくはないでしょう。ですが、チャプターハウスとスージー・アンド・ザ・バンシーズに加えて、アメリカのフィラデルフィア出身のラッパーのスクーリー・D(Schoolly D)も好きで聴いている人となると、だいぶん少なくなりそうな気がしないでもありません。

 何でそんなことを書いているかというと、今回は、チャプターハウスとスージー・アンド・ザ・バンシーズとスクーリーDをつなぐ話をすることになるからです。

 今回の話の始まりは、前回の記事で予告したように、これです。 

 チャプターハウスの1991年の曲「パール(Pearl)」とスージー・アンド・バンシーズの1991年の曲「キス・ゼム・フォー・ミー(Kiss Them For Me)」のリズム・トラックの中で非常に似ている部分があるのはなぜなのか?

 前にも言ったのですが、初めてチャプターハウスの「パール」を聴いたときに、スージー・アンド・ザ・バンシーズの「キス・ゼム・フォー・ミー」とリズム・トラックに似ている部分があることに気が付きました。ですが、なぜ似ているのだろうという疑問を、長年そのままずっと放置していました。それを今回調べてみたわけです。

 まずはそれぞれの曲のミュージック・ビデオを、以下に改めて掲載しておきます。

 まずはチャプターハウスの「パール」から。1分40秒を過ぎたあたりのドラムがメインとなる部分を聴いてください。

チャプターハウス(Chapterhouse)の「パール(Pearl)」のミュージック・ビデオ

 では、次にスージー・アンド・ザ・バンシーズの「キス・ゼム・フォー・ミー」をどうぞ。先ほどのチャプターハウスの「パール」の途中のドラム・ビーツを念頭に置きながら、冒頭からのドラム・ビーツを聴いてください。

スージー・アンド・ザ・バンシーズ(Siouxsie And The Banshees)の「キス・ゼム・フォー・ミー(Kiss Them For Me)」のミュージック・ビデオ

 どうですか? 似ていますよね。で、なぜなのか? その答えは、あっけないほど簡単でした。

 それはどちらの曲も日本のローランドのTR-909というドラム・マシーンの中の同じストック・ビートを使っていたからなのでした。このことは、Phil Steele氏のSHOEGAZE CRAZEの中の記事’Chapterhouse – Pearl’が教えてくれました。また、同記事でPhil Steele氏は、「プロデューサーのスティーヴン・ヘイグ(Stephen Hague)が1991年にスージーとチャプターハウスの両方と仕事をしていた」ことから、彼が「そのサウンドを気に入っていたに違いない」と述べています。

 確かにスティーヴン・ヘイグは、スージー・アンド・ザ・バンシーズの「キス・ゼム・フォー・ミー」の入っている1991年のアルバム『スーパースティション(Superstition)』のプロデューサーです。ですが、細かい話をすると、スティーヴン・ヘイグはチャプターハウスの「パール」の入っている1991年のアルバム『ホワールプール(Whirlpool)』の中の曲「フォーリング・ダウン(Falling Down)」のプロデュースにクレジットされていますが、肝心の「パール」をプロデュースしたのは、以前の記事でも書いたように、ラルフ・ジェザード(Ralph Jezzard)です。

 はたしてスティーヴン・ヘイグが両方の曲のリズム・トラックにTR-909のストック・ビートを使うことを示唆したのかどうかは、調べてみた限りで分かりませんでした。ですが、どちらにもTR-909が使われていることが分かり、一応疑問は解決です。

 ここでご覧いただきたいのが、YoutubeチャンネルSYNTH MANIAがアップしてくれている以下の動画です。こちらでは、TR-909の10種類のストック・ビートが紹介されていて、そこで「パール」と「キス・ゼム・フォー・ミー」の両方に使われているストック・ビートを実際に確認できます。1分あたりのところから流れてくる三つ目のストック・ビートです。

ローランドのTR-909のストック・ビート

 ありがたいことにも、この動画では、10種類のストック・ビートそれぞれに対して、それを使った有名な曲名をクレジットしてくださっていますね。で、チャプターハウスの「パール」とスージー・アンド・ザ・バンシーズの「キス・ゼム・フォー・ミー」で使わているストック・ビートでは、それを使った有名な曲の例として、スクーリー・Dの「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’(P.S.K. ‘What Does It Mean’)」が挙げられています。

 ヒップホップに詳しい方には言うまでもなく、スクーリー・Dと言えば、1980年後半にロサンゼルスで生まれた「ギャングスタ・ラップ」というヒップホップのサブジャンルの最初のラッパーとしても知られています。しかも、この1985年に自身のインディペンデント・レーベル、スクーリー・D・レコーズからリリースした「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」こそが、最初のギャングスタ・ラップの曲だとも言われています。

 ついでに言うと、ギャングスタ・ラップの初期の重要なラッパーの一人で、そのジャンルをメインストリームに押し上げるのに大きく貢献した、あのアイス・T(Ice-T)も、この「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」に大きな影響を受けたことを、本人が自伝の中で公言していることからもよく知られています(Ice-T, Douglas Century, Ice: A Memoir of Gangster Life and Redemption-from South Central to Hollywood, 2012)。

 ちなみに、Rolling Stoneの2012年12月5日の記事‘The 50 Greatest Hip-Hop Songs of All Time’を見ると、このスクーリー・Dの「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」が史上最高の50のヒップホップ・ソングの中の34位になっていました。ちなみに、そこでの審査は、リック・ルービン(Rick Rubin)を始め、その他、33人のヒップホップの専門家やアーティストたちに選んでもらった結果です。

 スクーリー・Dをご存じない方は、ぜひここで、ヒップホップ史の中で重要な位置を占める曲の一つ「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」を、以下でお聴きください。

スクーリ―・D (Schoolly D)の「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’(P.S.K. ‘What Does It Mean’)」

 お聴きになった通り、TR-909のストック・ビートを使っているのがはっきり分かります。

 さて、本題の話があっけなく片付いたということで、この後は、心置きなく、ついでの話を少しだけ書いてみます。

 まずは、スクーリー・Dの「P・S・K・’ホワット・ダズ・イット・ミーン?’」をサンプルした曲を、完全に個人的な好みという観点から一つだけ選んで紹介しておきましょう。

 イギリスのエレクトロニック・ダンス・ミュージックのバンド、プロディジー(The Prodigy)の1997年のアルバム『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド(The Fat of the Land)』の中の曲「ディーゼル・パワー(Diesel Power)」です。

 一九九七年にUSビルボード・チャートでも一位となったアルバムの中の曲なので、ご存じの方も多いと思われます。ですが、お聴きになったことがないという方は(あるいは懐かしいと思われた方も)以下でどうぞ。

プロディジー(The Prodigy)の「ディーゼル・パワー(Diesel Power)」

 以前の記事で、プロディジーのこのアルバムの中の別の曲「ファイアスターター(Firestarter)」と「ブリーズ(Breathe)」を、映画『チャーリーズ・エンジェル:フルスロットル(Charlie’s Angels: Full Throttle)』の中で使われているということから紹介しました。

 テンポの速いそれら二曲とは趣が異なる「ディーゼル・パワー」は、同アルバムの中でも最もヒップホップへサウンド的に近づいています。それもそのはずで、この曲には、ニューヨークのブロンクス出身のラッパー、クール・キース(Kool Keith)が参加しています(クール・キースは特に気になる興味深いラッパーの一人なので、別の機会に改めて取り上げてみたいと思っています)。

 もう一つ別の話をします。このブログのタイトルにある「映画やTVドラマの中の音楽」という観点からすると、アベル・フェラーラ監督の映画にスクーリー・Dが曲を提供しているという点にも注目したいところです。

 しかもですが、この点を見ていくと、このブログの過去の記事ともうまいことつながります。というのも、1992年のアベル・フェラーラ(Abel Ferrara)監督の『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト(Bad Lieutenant)』で使われているスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー(Signifying Rapper)」という曲には、レッド・ツェッペリンの曲「カシミール(Kashimir)」がサンプルされているのです。

 「つながり」と言っても、過去の記事を読んでいない人にとっては何のことか分からないでしょうし、あるいは読んでくださっている人でも覚える方はほとんどいないのではないかと思いますので書きますが、今回の記事の冒頭で言及したチャプターハウスの「パール」の話は、そもそもレッド・ツェッペリンの1971年にリリースされた4枚目のアルバムの曲「ホウェン・ザ・レヴィー・ブレイクス(When the Revee Breaks)」のドラム・ビーツがサンプルされている意外な曲を紹介します、という流れから取り上げることになりました。

 で、その前にレッド・ツェッペリンの話をしたのですが、それは2000年代に入る前、彼らの曲を映画で使うのは、かなりの高額を請求されて大変なことだったということ、そしてそれにもかかわらず、エイミー・ヘッカーリング(Amy Heckerling)監督による1982年の低予算映画『初体験/リッチモンド・ハイFast Times At Ridgemont High)』で驚くべきことにも「カシミール」が使われていたということを、過去の記事で書いたからです(『初体験/リッチモンド・ハイ』で「カシミール」が使用できた理由については、実はまだ書いていませんので、この先の記事で書きます)。

 そして、先ほど述べたように、スクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」が「カシミール」をサンプルしていることから、そもそもの話の発端であり、かつ途中で放置したままだったレッド・ツェッペリンの「カシミール」の話へとつながったわけです。

 ということから、次回はスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」が劇中で使用された映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』について書いてみたいと思います。

 とは言っても、これまたあまり関心を持ってもらえないかもしれない話題な気もするので、先に内容の予告を少しだけしておきます。「カシミール」のサンプルが含まれているスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」を映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』に使ったことで、監督アベル・フェラーラは、その使用権を巡りレッド・ツェッペリン側から訴えられることになるのです。

 この話は次回にするということで、今回はこのあたりで終わりとしたいところですが、最後に一つだけ。

 気がつけば、ローランドのTR-909のことについては、何の説明もしていませんでした。もちろん、80年代後半のシカゴ・ハウスやデトロイト・テクノなどのエレクトロニック・ダンス・ミュージックに詳しい方には、なんの説明もいらないとは思います。というぐらい、それらのジャンルでは、そのサウンド自体を生み出したと言ってもいいほど重要な役割を果たしたドラム・マシーンなのです。ちなみに、発売されたのは1983年で、設計者は菊本忠男氏です。

 ここで、さほど詳しくない私がTR-909について、あれこれ書くよりも、そもそものローランドのウェブサイト内の記事でTR-909について詳しい解説がありますので、どうぞそちらをお読みください。

 それから非常にありがたいことにも、開発者の菊本忠男氏のインタヴュー本も出ています。田中雄二編集・著『TR-808<ヤオヤ>を作った神々 ──菊本忠男との対話──電子音楽 in JAPAN外伝』(DU BOOKS、2020)。他では読めない充実の内容なので、ぜひこちらもどうぞ。

 先ほども述べたように、次回はスクーリー・Dの「シグニファイング・ラッパー」を使用した映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』の監督アベル・フェラーラVSレッド・ツェッペリンのいざこざを中心にしながら、加えて当時の映画での音楽の使用を巡る問題などについても書いてみたいと思います。

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