ブログについて

映画やTVドラマなどを観ていて、その中で流れてくる音楽、撮影に使われた建築やセットのデザイン、舞台の背景となるインテリア、登場人物が手にしているガジェットやプロダクトなどが気になったことはありませんか?
このブログでは、映画やTVドラマの中に登場するさまざまなものを調べて紹介していきます。そうしたものにも目を向けてみると、映画やTVドラマが今まで以上に楽しくなるはずです。映画、TVドラマ、音楽、建築、インテリアのどれかに興味がある方に、また自分と同じようにそのどれもが寝ても覚めても好きでたまらないという方に、面白いと思ってくれるような記事を発見してもらえたらという思いで書いています。


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執筆者:伊泉龍一(いずみりゅういち)

ブログ以外には、以下のような書籍の翻訳をしたり、本を書いたりもしています。

『至福を追い求めて ―60年代のスピリチュアルな理想が 現代の私たちの生き方をいかに形作っているか』

ドン・ラティン著 伊泉 龍一訳
『至福を追い求めて ―60年代のスピリチュアルな理想が 現代の私たちの生き方をいかに形作っているか』


60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール
ロバート・C・コトレル 著 伊泉 龍一 訳
『60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール』


ドン・ラティン 著
『ハーバード・サイケデリック・クラブ ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか?』



デヴィッド・ヘップワース 著
『アンコモン・ピープル ―「ロック・スター」の誕生から終焉まで』



サラ・バートレット 著
『アイコニック・タロット イタリア・ルネサンスの寓意画から現代のタロット・アートの世界まで』



ジェイソン・ヘラー 著
『ストレンジ・スターズ ―デヴィッド・ボウイ、ポップ・ミュージック、そしてSFが激発した十年』



ピーター・ビーバガル 著
『シーズン・オブ・ザ・ウィッチ -いかにしてオカルトはロックンロールを救ったのか』

映画『初体験/リッチモンド・ハイ』でのゴーゴーズの「ウィー・ガット・ザ・ビート」――70年代後半のLAのパンク・シーンの中のジェーン・ウィードリン

ビデオ・ゲーム  映画  ミュージック・ビデオ   / 2023.03.22

 前回は、1982年のアメリカのハイスクールを舞台にしたコメディ映画『初体験/リッチモンド・ハイ(Fast Times At Ridgemont High)』に映っているアーケード・ビデオ・ゲームとサウンドトラックの話を書きました。今回はその続きで、前回紹介しようと思いつつもできなかったものをいくつか取り上げてみたいと思います。

 まずは映画『初体験/リッチモンド・ハイ』のオープニングとエンディングの映像は、すでに前回掲載しましたが、今回も話の中心となるので、もう一度念のために掲載しておきます。

映画『初体験/リッチモンド・ハイ』のオープニングとエンディングの映像

 前回述べたように、最初に映っているのは『パックマン(Pac-Man)』で、その後に『ゴーフ(Gorf)』と『プレアデス(Pleiades)』というビデオ・ゲームの画面が見えられます。で、次に映るビデオ・ゲームは、1981年アメリカのアタリからリリースされた『テンペスト(Tempest)』です。

 ということで、『テンペスト』の話に入りたいところではありますが、その前に忘れず紹介しておきたいのが、冒頭からバックに流れてくる曲です(上の動画では、歌が入った瞬間に消えてしまっていますが)。これは、アメリカのロック・バンド、ゴーゴーズ(The Go-Go’s)を代表するヒット曲「ウィー・ガット・ザ・ビート(We Got the Beat)」です。

 billboardのRon Hart氏の記事‘‘Fast Times’ at 40: Amy Heckerling and Cameron Crowe on the Musical Tug-of-War Behind the Iconic Soundtrack’によると、監督のエイミー・ヘッカーリング(Amy Heckerling)はゴーゴーズの曲が映画のイメージによほどぴったりだと思っていたようで、「私は仮のトラックの全てでゴーゴーズを使っていた」とも述べています。また、脚本家のキャメロン・クロウ(Cameron Crowe)も「「ウィー・ガット・ザ・ビート」が必要だった――それが映画の冒頭の魂だったんだ」とも述べています。とにもかくにも、二人とも以前から「ゴーゴーズが大好き」だったそうです。

 このゴーゴーズの「ウィー・ガット・ザ・ビート」は、映画用に書かれた曲ではありません。もともとは1980年にイギリスのインディー・レーベル、スティッフ・レコーズ(Stiff Records)からリリースされたシングルでした。その後、アメリカのIRSレコーズ(I.R.S. Records)から1981年にリリースされたデヴュー・アルバム『ビューティー・アンド・ザ・ビート(Beauty and the Beat)』にも再録されます。そして同アルバムは、ビルボードのアルバム・チャートのトップに輝く大ヒットとなり、ゴーゴーズはティーンに大人気のポップ・スターとなったわけです。

 先ほどの『初体験/リッチモンド・ハイ』の冒頭の動画では、イントロが終わったところで曲が切れてしまっていたので、よろしければ当時MTVで流れていた「ウィー・ガット・ザ・ビート」のミュージック・ビデオをお聴きください。

ゴーゴーズの「ウィー・ガット・ザ・ビート」のミュージック・ビデオ

 このミュージック・ビデオは、1981年12月4日にロサンゼルスのパロス・ベルデス・ハイスクール(Palos Verdes High School)で行われたライブ・パフォーマンスを撮影して製作されました。 

 ライブなので音質がいまひとつに感じるかもしれません。ですが、逆にシンガーのベリンダ・カーライル(Belinda Carlisle)のライブならでのよりパンクな感じの歌い方もあり、当時の生意気なガールズ・グループの魅力が伝わってきますね。

 ゴーゴーズをご存じない方もいらっしゃると思うので念のために書いておくと、彼女たちは企画されて作られたアイドル・バンドではありません。自分たちで作詞作曲をし、自分たちで演奏するバンドです。また、そもそものことを言えば、ゴーゴーズはロサンゼルスのパンク・ロック・シーン出身の本来反抗的なバンドなのです。

 しかも、ゴーゴーズの「ウィー・ガット・ザ・ビート」のシングルを最初にリリースしたのは、先ほども述べたようにイギリスのスティッフ・レコーズです。

 その頃の音楽が好きな方はご存じのように、スティフ・レコーズは、1976年にロンドンでデイヴ・ロビンソン(Dave Robinson)とジェイク・リヴェラ(Jake Riviera)によって設立されたインディー・レーベルで、パンクないしポストパンクないしニュー・ウェイヴとして一般的に分類されているアーティスト――ダムド(The Damned)、エルヴィス・コステロ(Elvis Costello)、イアン・デューリー(Ian Dury)、リーナ・ラヴィッチ(Lene Lovich)、レックレス・エリック(Wreckless Eric)、ディーヴォ(Devo)など――のレコードを主にリリースしていました。

 Louder Than Warの中の記事‘The Go-Go’s Beauty and the Beat: A 40th Anniversary Celebration’でAudrey Golden氏は、デヴューの頃のゴーゴーズに対する多くのレヴューが彼女たちを「かわいらしい」女の子たちの集まりとして決めつけ、見下すような書き方をしていたと述べています。例えば、当時の『ニューズデイ』紙のレヴューでは次のように書かれていたようです。「ゴーゴーズについてのほとんど何かもかもがかわいい。 名前もかわいいい。バンドの女性5人が泡風呂に入っているバック・カバーの写真もかわいい」。それに対してAudrey Golden氏は、そもそもゴーゴーズの「歌詞はバンドのフェミニストの力を明らかしている」とも述べ、「かわいい」評価への異議を唱えています。

 確かに「ウィー・ガット・ザ・ビート」の歌詞に耳を澄ますと、思春期の恋の歌でもなければ、青春を明るく謳歌している女の子たちの気持ちを代弁するような内容でもなく、その最後は、次のような挑発的な歌詞になっています。

 「あいつらが何て言おうと関係ない/人々がプレイしている嫉妬のゲームの中で/ヘイ、ヘイ、ヘイ/私たちの唇は封印されている/あいつらがなんて言おうと気にするな/どっちみち関係ない/ヘイ、ヘイ、ヘイ/私たちの唇は封印されている(It doesn’t matter what they say/In the jealous games people play/Hey, hey, hey/Our lips are sealed/Pay no mind to what they say/It doesn’t matter anyway/Hey, hey, hey/Our lips are sealed)」。

 とりわけゴーゴーズの設立時からのメンバーでギタリストのジェーン・ウィードリン(Jane Wiedlin)は、ロサンゼルスのパンク・ロック・シーンがまさに始まらんとしていた時期から、そこにかかわっていました。例えば、alicebag.com.の2005年9月の “Interview with: Jane Wiedlin”.で、本人は次のように述べています。

 「私はほぼ最初からそこにいた。 1976 年にパンク・スタイルの服のデザインを始めて、サンセット大通りにある「グラニー・テイクス・サ・トリップ(Granny Takes A Trip)」という店でそれを売るようになってから、ローカル・シーンに加わった」。

 なのにもかかわらず、ゴーゴーズがポップ・スターとして大成功したせいか、その初期が本気のパンク・ロックだったことは見過ごされがちなようです。そのことに関して、ジェーン・ウィードリンは、別のところで次のようにも述べています。

 「一方で、ゴーゴーズの人気がもっともっと高まっていくと、私たちは裏切者と非難され始めた。 私たちは南カリフォルニア以外の場所でも演奏を始め、最終的にはハリウッド・シーンの一部ではなくなった。 シーンは私たちなしで続き、歴史の本は当時の記録からゴーゴーズを消し去った。 でも、私たちはその一部だった。 自分がやったことを経験できたこと、すべてが可能で、誰もが歓迎された最初の段階に、そこにいられたことは、ものすごく幸運だったと思う。 それを生き延びられたことは、さらに幸運だったと思う。 それはまたとない私の人生の素晴らしい時期だった」(The Guardian, Jane Wiedlin, ‘The Go-Go’s Jane Wiedlin on the birth of LA punk: ‘I wrote lyrics at work on crystal meth”から引用)。

 ところで、2020年に公開されたアリソン・エルウッド(Alison Ellwood)監督の2020年のドキュメンタリー映画『ザ・ゴーゴーズ(The Go-Go’s)』では、ゴーゴーズが生粋のパンク・バンドだったことも十二分に描かれています。

 同映画は、 1月24日にサンダンス映画祭でプレミア上映され、その後 6月30日にアメリカのケーブル・テレビ局 Showtime で公開されました。そして、ありがたいことにも、今現在(2023年3月22日)、日本でもアマゾン・プライムで視聴できます(日本語で検索してもヒットしないので、英語で入力してみてください。でも、日本語字幕ありです)。

 以下でトレイラーをご覧ください。

アリソン・エルウッド監督のゴーゴーズのドキュメンタリー映画『ザ・ゴーゴーズ』のトレイラー

 個人的な感想をちょっと言うと、同映画の最後ではゴーゴーズの「クラブ・ゼロ(Club Zero)」という新曲が紹介されるのですが、そこに至る過程だけが、どうにも予定調和的なプロモーションの感があって微妙な印象を受けてしまいました。

 ですが、デヴュー・アルバムをレコーディングする前に、スカ・リバイバルのグループ、マッドネス(Madness)やスペシャルズ(The Specials)のサポートでイギリスのツアーを行っていたことなどにも触れられていますので、初期の頃のゴーゴーズの活動に関心がある方にはお勧めです。

 昔ゴーゴーズのファンだったけど、新曲が出ているなんて知らなかったという方は、以下でそのミュージック・ビデオをご覧ください。

ゴーゴーズの「クラブ・ゼロ」のミュージック・ビデオ

 それぞれがいろいろな人生の過程を経て、今や60代となり、すっかり落ち着いた女性の姿になっていますね。何と言っても、デヴュー・アルバムを出してからおよそ40年も経っていますからね。

 昔のように仲良さそうに一緒に演奏しています。でも、本当に昔のわだかまりを水に流して和解できたのかな、なんて邪推してしまいたくもなりますけどね。でも、ゴーゴーズにかぎらず、過去にいろいろあって解散したバンドのメンバーが、歳を重ねた後に再び集まって元気に演奏しているのを見ると、なんかそれだけでちょっと感動してしまいます。

 もう少しだけゴーゴーズと関連する話をします。

 1985年に解散後、ソロ活動で最も商業的に成功するのは、当然と言えば当然ですが、シンガーのベリンダ・カーライルです。1986年に最初のシングル「マッド・アバウト・ユー(Mad About You)」は、アメリカのビルボード・ホット100で3位を記録します。以下で、どうぞご覧ください。

ベリンダ・カーライル(Belinda Carlisle)の「マッド・アバウト・ユー(Mad About You)」のミュージック・ビデオ

 黒のワンピースを着て、普通に女性らしいメイクをして、ゴーゴーズの初期の頃とは、まるで別人のような見た目になっていますね。しかもです。「あなたに夢中(mad about you)」なんて歌ってしまっています。もはや曲調にも歌詞にもパンクの香りはまるでしませんね。

 ちなみに、2分8秒ぐらいのところから始まる間奏で、かっこよくギターを弾いている男性は、デュラン・デュラン(Duran Duran)のギタリストのアンディ・テイラー(Andy Taylor)です。また、このミュージック・ビデオの監督は、『ホミサイド/殺人捜査課(Homicide: Life on the Street)』(1993年-2000年)や『NCIS 〜ネイビー犯罪捜査班(NCIS:Naval Criminal Investigative Service』(2003年-)などの人気TVドラマの中のいくつかのエピソードを手掛けているレスリー・リブマン(Leslie Libman)です。

 ところで、完全に個人的な好みの話になってしまいますが、ゴーゴーズ解散後の活動の中で最もクールなんじゃないかと思うのは、先ほどインタヴューの発言を引用したギタリストのジェーン・ウィードリンです(なので、先ほどもウィードリンの言葉を、あえて選んで引用したのですが)。

 商業的に言えば、ベリンダ・カーライルにまったくかないませんが、ジェーンもソロ・アルバムを3枚出しています。その後、1995年には、フロステッド(FroSTed)というバンドを結成します。

 残念ながら、フロステッドは1996年に一枚だけしかアルバムをリリースしただけで終わっていますが、これが実際に聴いてみると、かなり素晴らしい作品なのです。全体的にどの曲もキャッチーなメロディーを残しながらも、グランジ風味のパンク・ロックのような感じです。個人的には、その種のサウンドでの知られざる名盤と言ってもいいのではないかとも思っています。

 その中のシングル「コール・ミー・クレイジー(Call Me Crazy)」のミュージック・ビデオを、ぜひともご覧ください。ほぼ同時代に人気があったアメリカのロック・バンド、ガービッジ(Garbage)あたりのサウンドが好きな人だったら、もしかすると気に入ってもらえるんじゃないでしょうか?

ジェーン・ウィードリンの「コール・ミー・クレイジー」のミュージック・ビデオ

 ジェーン・ウィードリンがふてぶてしい態度でギターをかきならしながら歌っていますが、まるでその様はしばらく眠っていたパンクのスピリットが目を覚ましたかのようにも見えます。また、もともと彼女の普段の話し声自体が特徴的ですが、バックのノイジーなギターのサウンドと重ね合わされることで、さらに驚くほど魅力的な声に変貌して聴こえてきます。

 歌詞はとてもシンプルなのですが、ポップ・グループとなったゴーゴーズ、そしてその後のソロ活動という流れを踏まえて、以下のような歌詞に耳を傾けていると、そこに込められたジェーンの心情を勝手に深読みしたくなります。

私をクレイジーって呼びなよ(call me crazy)
私をマッドって呼びなよ(call me mad)
去年なんかうんざり(last year was a drag)
もう最悪(the worst i’ve had)
私をクレイジーって呼びなよ(call me crazy)
私をマッドって呼びなよ(call me mad)

 「コール・ミー・クレイジー」の後の吐き捨てるように歌う「コール・ミー・マッド」。ここの部分で、自分はどう思われたってかまわない。これまでがどうあろうと私は好きにやるのよ。と言っているかのようなジェーンの吹っ切れた爽快な気分を感じられ、私としては胸打たれてしまうわけです。

 もし、この「コール・ミー・クレイジー」が好みに合う方だったら、アルバム『コールド(Cold)』もぜひ聴いてみてください(Spotifyやアマゾン・ミュージックやアップル・ミュージックでJane Wiedlin’s Frostedで検索すると出てきます)。

 ちなみにですが、ALL MUSICNed Raggett氏によるレヴューでは、このフォーステッドのアルバム『コールド』を、同時期に大ヒットしていたアイルランドのロック・バンド、クランベリーズ(The Cranberries)と比較して次のように述べています。

 「彼ら[クランベリーズ]がMOR[中年層をターゲットした穏やかなロック]のがぶ飲みを避けて、さらにもう少しフィードバックを強化していたらそうなったかもしれないものを示している」([]内は筆者補足)。

 クランベリーズを知っている人なら、なかなか的を得た例えになっていると思いませんか?

 

 ついでの話ですが、ジェーン・ウィードリンのバンド名FroSTedの綴りに注目してください。SとTが大文字になっていますよね。これは彼女が「スタートレック(Star Trek)」の大ファンだからだそうです。

 しかもウィードリンは、なんと1986年公開の映画『スタートレックIV 故郷への長い道(Star Trek IV: The Voyage Home)』に実際に出演し、トリリア(Trillya)役を演じています。

 STAR TREK.COMの中の記事’Go-Go Jane Wiedlin Remembers Her Voyage Home’を読むと、ジェーンが幼い頃から非常に熱心なスタートレック・ファンだったことが分かります。その記事の中で彼女は、スタートレックは「子供の頃、家族にとっての一週間のハイライトだった」と述べています。しかも、兄弟姉妹で「スーパー8mmカメラを使って独自のスタートレックの映画を作った」こともあるそうです。

 なんとも相当なギークぶりですね。個人的には、ますます好感度が上がってしまいます。ジェーン自らも自身が正真正銘のギークであることを次のように述べています。

 「ギークやそれに類する女性をたくさん知っているけど、私たちにおっぱいがあるというだけで、ギークになれないわけじゃない。 だから、私は間違いなくオールド・スクールのギークよ。ギークであることがクールになる前から、そうしたギークたちのほとんどが生まれてさえいない頃から、私はギークだったのよ」。

 で、ジェーンの子供の頃からのギーク熱が現実のものとなった姿をご覧ください。画像は、Memory Alphaの中のTrillyaのページから引用しました。

『スタートレックIV 故郷への長い道』の中でトリリア役を演じるジェーン・ウィードリン

 異星人のスターフリートのオフィサー役が、とてもよくお似合いです。実際には、10秒にも満たない時間しか画面に映らないほんの端役です。だとしても、あの壮大な宇宙の物語の一員となることは、熱狂的なスタートレック・ファンにとって真に夢のような出来事であることは言うまでもありません。

 気がついてみると、映画『初体験/リッチモンド・ハイ』のサウンドトラックのゴーゴーズの話から、本題とは関係のないジェーン・ウィードリンの話に移って長くなってしまいました。そのせいで、ここ数回を貫く主題であるはずの80年代初頭のアーケード・ビデオ・ゲームの話にはまったく入れていませんね。

 冒頭で「前回紹介しようと思いつつもできなかったものをいくつか取り上げてみたいと思います」と宣言しているにもかかわらずですが、今回はアーケード・ビデオ・ゲームの話をあきらめて次回にします。これ、普通のメディアの原稿だと断じて許されないことではありますが、備忘録もかねて好き勝手に書いている個人ブログなので、まあいいんじゃないかということで。

 でも、自分で肝に銘じておきます。次回は真っ先にアーケード・ビデオ・ゲームの話をします。うっかり他の話を書いてしまうと、そこにたどり着かなくなってしまうので。

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