ブログについて

映画やTVドラマなどを観ていて、その中で流れてくる音楽、撮影に使われた建築やセットのデザイン、舞台の背景となるインテリア、登場人物が手にしているガジェットやプロダクトなどが気になったことはありませんか?
このブログでは、映画やTVドラマの中に登場するさまざまなものを調べて紹介していきます。そうしたものにも目を向けてみると、映画やTVドラマが今まで以上に楽しくなるはずです。映画、TVドラマ、音楽、建築、インテリアのどれかに興味がある方に、また自分と同じようにそのどれもが寝ても覚めても好きでたまらないという方に、面白いと思ってくれるような記事を発見してもらえたらという思いで書いています。


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執筆者:伊泉龍一(いずみりゅういち)

ブログ以外には、以下のような書籍の翻訳をしたり、本を書いたりもしています。


60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール
ロバート・C・コトレル 著 伊泉 龍一 訳
『60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール』


ドン・ラティン 著
『ハーバード・サイケデリック・クラブ ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか?』



デヴィッド・ヘップワース 著
『アンコモン・ピープル ―「ロック・スター」の誕生から終焉まで』



サラ・バートレット 著
『アイコニック・タロット イタリア・ルネサンスの寓意画から現代のタロット・アートの世界まで』



ジェイソン・ヘラー 著
『ストレンジ・スターズ ―デヴィッド・ボウイ、ポップ・ミュージック、そしてSFが激発した十年』



ピーター・ビーバガル 著
『シーズン・オブ・ザ・ウィッチ -いかにしてオカルトはロックンロールを救ったのか』

イアン・イームズ監督によるピンク・フロイドの曲「タイム」のアニメーション映像――クロエ・ジャオ監督の映画『エターナルズ』と『ノマドランド』についても

映画  音楽  アニメーション   / 2023.01.18

 前回は1977年のアニメーション映画のアンソロジー『ファンタスティック・アニメーション・フェスティバル(Fantastic Animation Festival)』の中の作品を見てきましたが、その中には70年代のプログレッシヴ・ロックを代表するバンド、ピンク・フロイド(Pink Floyd)の曲「ワン・オブ・ズィーズ・デイズ(One Of These Days)」を使って作られたイアン・イームズ(Ian Emes)監督の『フレンチ・ウインドウズ(French Windows)』というアニメーション作品も含まれていました。

 この流れから、今回はイアン・イームズ監督のピンク・フロイドとの初期のコラボレイションについて書いてみたいと思います。

 まずはイアン・イームズがピンク・フロイドの作品を正式に作るようになるまでの過程を見てみましょう。

 そもそもイアン・イームズは、『フレンチ・ウィンドウズ』を製作する際、ピンク・フロイドの曲「ワン・オブ・ズィーズ・デイズ」を無断借用していたそうです。現在だと普通に著作権で訴えられそうですよね。

 その当時のことをイームズ本人自身が、BusinessLiveの中の2013年12月6日のGraham Young氏の記事‘The young artist from Birmingham who was ahead of his time’でのインタヴューの中で次のように述べています。

 「大学時代、映画の伴奏にピンク・フロイドの音楽を使っていたんだ。著作権について何も知らなかったし、正直なところ、誰も私の映画を見ることはないと思っていた。ただ、それらをパーティーで上映していただけなんだ」。

 『フレンチ・ウィンドウズ』を製作した1972年、イアン・イームズは、ロンドンのウォーダー・ストリートで、ハンガリー出身の映画監督ジョン・ハラス(John Halas)の下で仕事をするようになりました。そして、イームズの人生に期せずして重大な転機をもたらすきっかけを作ったのは、このジョン・ハラスでした。イームズは、ハラスから『フレンチ・ウィンドウズ』をBBC2の音楽番組『ジ・オールド・グレイ・ホイッスル・テスト(The Old Grey Whistle Test)』に送ってみたらどうかと言われたそうです。

 ちなみにですが、アニメーションに詳しい方だったらご存じかもしれませんが、ジョン・ハラスがイギリスのアニメーター、ジョイ・バチェラー(Joy Batchelor)とともに監督した1954年のアニメーション映画『動物農場(Animal Farm)』はイギリスで作られた最初の長編アニメーション映画です。

 日本では2008年になって、ジブリ美術館の配給により同映画が劇場公開されました。宮崎駿氏自身がこの作品の意義について語ってくれている「動物農場を語る」というインタヴュー記事もありますので、興味のある方はそちらをどうぞお読みください。

 さらについでの話をすると、ピンク・フロイドのファンの方には良く知られているように、彼らの1977年のアルバム『アニマルズ(Animals)』のコンセプトは、映画『動物農場』の原作であるイギリスの作家ジョージ・オーウェル(George Orwell, 1903-1950)による1945年の同名の小説が基になっています。

 

 イアン・イームズへと話を戻しましょう。ジョン・ハラスの助言に従って、BBC2へと送られた『フレンチ・ウィンドウ』は、幸運なことにも『ジ・オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』で放映されることになりました。そのおかげで、『フレンチ・ウィンドウズ』はピンク・フロイドの目に留まることとなったわけです。

 『フレンチ・ウィンドウズ』がテレビ放映されたときのことを、イアン・イームズは前述のインタヴューで次のように述べています。

 「それが放映されたとき、リチャード・ライト(Richard Wright)(ピンク・フロイドのキーボード・プレイヤー)が、それを見て、私に連絡してきたんだ。私はピンク・フロイドのために、ロンドンのウォーダー・ストリートで試写の準備をすることになった。彼らの音楽を使っていたことで問題になるかのではないかと思っていたけど、彼らはとてもいい人たちだったよ」。

 そして結果として、イアン・イームズは、ピンク・フロイドのマネージャーのスティーヴ・オローク(Steve O’Rourke)から、1973年のアルバム『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(The Dark Side of the Moon)』の中の「タイム(Time)」という曲のためのアニメーション映像を依頼されることになりました(ちなみに、このアルバムは、日本のピンク・フロイドの往年のファンの方々の間では、邦題の『狂気』という題名で通っています)。

 一見、この出来事は人生の中でそうそう訪れることのない幸運の一例のように思われかねません。ですが、『フレンチ・ウィンドウ』を観た人であれば、単なる運の良さで片づけられないことに同意してくださるはずです。なぜなら、そもそものイアン・イームズの製作したアニメーションの魅力と独創性なくして、この好機の実現はありえなかったはずです。

 そして、ピンク・フロイドの「タイム」のために、新たに製作したのが、以下の時計が飛行していく映像です。音がついていないので、その魅力が伝わりずらいかもしれませんが、ひとまずご覧ください。

イアン・イームズによるピンク・フロイドの曲「タイム」のためのアニメーション映像

 この映像の基になった「タイム」という曲の歌詞は、題名通り、時間を主題としています。時間を無駄に過ごしているうちに、年を取り、死が近づいてきてしまう。簡単に言えば、そんなことを歌っています。このことからすると、次々と飛行する時計のアニメーションが、飛び去って行く時間を表現したものなのだということが理解できますね。

 その後、イームズは「タイム」だけでなく、『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』全体のアニメーション製作の依頼を引き受けることになりました。ですが、結局、その製作期間の制限から出来上がったのは「スピーク・トゥ・ミー(Speak To Me)」、「オン・ザ・ラン(On the Run)」、「アス・アンド・ゼム(Us and Them)」のシークエンスのみとなりました。 

 確かにピンク・フロイドは、初期のライブの頃からストロボやスライドなどを使用し、視覚効果を重視していました。ですが、1974年のツアーにおけるイアン・イームズとのコラボレイションで、巨大な円形のスクリーンに35mmフィルムを投影し、それを背景にして演奏したことが、その後の彼らのライブでの様式を定めることになりました。そして、それは今もなお引き継がれています。

 ピンク・フロイドの当時のベーシスト、ロジャー・ウォーターズ(Roger Waters)は、最近のツアーでも「タイム」の演奏の際、イアン・イームズの製作したアニメーション映像を背景に流しています。下の動画は、2016年10月1日のメキシコ・シティで「タイム」を演奏しているライブ映像ですが、背後の巨大なスクリーンにイームズの時計が映し出されています。

2016年10月1日のメキシコ・シティでのロジャー・ウォータズのライブで、「タイム」の演奏とともにイアン・イームズのアニメーションが流れている場面

 実際の会場で見るとなおさらだと思いますが、この動画を見ているだけでも、無数に連なる時計の視覚効果によって、これから始まる歌の世界観へと見事に誘導されていく感じがします。

 イントロでの時計のチクタクを模した音を、ロジャー・ウォーターズがベース・ギターの弦をミュートしながら弾くという、そもそもが地味な演奏姿すらも、抗えない時間という神を前に神聖なる儀式を執り行う司祭のようにすら見えなくもありません。

 それにしても大きな会場ですよね。最初の方で表示される文字情報によると、客数は30万人でした。こうして2000年代の今でも世界中の大勢の人々が、イームズの時計のアニメーションを目にしているわけです。

 アニメーション映像ではないですが、ここで、このブログ全体の趣旨の一つである「映画の中の音楽」という話をするなら、ピンク・フロイドの「タイム」は、クロエ・ジャオ(Chloé Zhao)監督の2021年の映画『エターナルズ(Eternals)』の中で使われました。紀元前5,000年のメソポタミアの場面から「マーベル・スタジオズ」のタイトルが映し出され、そして現在のロンドンへ至るという長い時間の流れを表現した、まさに「タイム」の主題とぴったりのシークエンスでした。

 以下の動画では、出だしとなる紀元前5,000年の場面は含まれていませんが、「マーベル・スタジオズ」のタイトルから始まり、現在のロンドンへ至る場面を観ることができます。

映画『エターナルズ』で、ピンク・フロイドの「タイム」が使われている場面

 本題とは直接関係ないですが、『エターナルズ』全体のサウンドトラックを担当しているドイツ出身の作曲家ラミン・ジャヴァディ(Ramin Djawadi)は、今までこのブログで言及した映画やドラマで言えば、『アイアンマン』で2009年の第51回グラミー賞の「最優秀スコア・サウンドトラック・アルバム」部門にノミネートされ、『ゲーム・オブ・スローンズ』で2018年の第70回プライムタイム・エミー賞の「ドラマシリーズ作曲賞シリーズ」部門を受賞しています。

 また、このブログの最初の記事で取り上げたTVドラマ『ウエストワールド』も、ラミン・ジャヴァディがサウンドトラックを担当しています。

 個人的な感想を言えば、ラミン・ジャヴァディの際立った個性を強く感じられ、そして最もそのメロディー自体の持つ力に引っ張られたのは、『ウエストワールド』のサウンドトラックです。『ウエストワールド』を含めたジャヴァディの音楽については、また機会を改めて書いてみたいと思っています。

 もう一つついでに個人的な思いを言うならば、『エターナルズ』を監督したクロエ・ジャオには、今後どんな作品を作ってくれるのだろうと思うと期待が膨らんで仕方がありません。もちろん、そんな風に思っているのは、私だけじゃないはずです。とりわけ、彼女が監督した第93回アカデミー賞の監督賞を獲得した映画『ノマドランド(Nomadland)』(2020)をご覧になって心を動かされた方だったら、なおのことそうなのではないかと思います。

 何と言っても『ノマドランド』は、宇宙開闢から始まるとんでもないスケールの神話的物語をエンターテインメント全開で描いた『エターナルズ』とまさに真逆で、非常に地味な映画です。驚くべきはクロエ・ジャオが、いわばスペクトラムの両極に位置しているようなこれら2つの映画を、立て続けに製作している点です。このことからして、彼女にはこの先、型にはまることのない多様な作品を続々と生み出しえる恐るべきポテンシャルが秘められているはずだと思わざるをえないのです。

 『エターナルズ』だけしか観ていないという方は、よろしければ以下で『ノマドランド』のトレイラーを、ご覧になってみてください。

映画『ノマドランド』のトレイラー

 ご覧の通り、『エターナルズ』のような派手な映像とは無縁の全編に渡って静かな映画です。原作となったのは、2007年から2009年にかけての大きな不況の後、季節労働をしながらアメリカ国内を移動しながら生活するようになったアメリカの高齢者の姿を描いたアメリカのジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダー(Jessica Bruder)が書いたノンフィクションNomadland: Surviving America in the Twenty-First Centur(2017)です。同書は、ありがたいことにも鈴木素子氏による翻訳が日本でも出版されています(『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』(春秋社、2018年))。

 先ほどのトレイラーからも聴こえていましたが、『ノマドランド』のサウンドトラックを担当したイタリア出身の作曲家ルドヴィコ・エイナウディ(Ludovico Einaudi)のピアノを中心とした楽曲が、本編の方でも絶妙なタイミングというか、まさしく適所としか言いようがないところで聴こえてきて、その都度、場面の情感へと包み込まれます。

 トレイラーの雰囲気が嫌いじゃない、または流れている音楽が心の琴線に触れた。もし未見の方で、そう思われたならば、ぜひともご覧になってみてください。きっと深く心に残る映画の一つになるのではないかと思います。それから前述の翻訳本も個人的に強くお勧めしたい一冊です。

 そろそろイアン・イームズのアニメーション映像の話に戻って、今回の話を終えるとしましょう。

 前回紹介したピンク・フロイドとのコラボレイションの原点となった「ワン・オブ・ズィーズ・デイズ」を使った1972年のアニメーション映像『フレンチ・ウィンドウズ』の映像が、21世紀になってからも使用されている以下の動画をご覧ください。ピンク・フロイドの元ギタリスト、デヴィッド・ギルモア(David Gilmour)による2016年のパドヴァ円形闘技場でのライブです。

2016年のデヴィッド・ギルモアのライブに映し出されるイアン・イームズの『フレンチ・ウィンドウズ』のアニメーション映像。

 イントロから巨大な円形のスクリーンに『フレンチ・ウィンドウズ』のアニメーション映像が映し出されていましたね(途中から「タイム」の時計の映像も映りますが)。

 それにしても、こういう会場全体を俯瞰できる動画を見ると、巨大な会場でコンピューター制御された光のショーと化した現代のライブは、観客を呆然自失させそうなほどの圧倒的なスペクタクルになっているのだということを、改めて思い知らされてしまいます。

 前回と今回にかけて見た通り、イアン・イームズ自身のメジャーな仕事は、ピンク・フロイドとのコラボレイションから始まりました。ですが、その後もイームズは、ピンク・フロイドだけに留まらず、アート色のかなり強い個性的な映像作品を表し続けています。

 ということから、それらを紹介しないままイアン・イームズから離れるのはもったいない気がしますので、次回も彼のその後の多数の作品の中から、いくつか気になったものを選んで見ていきたいと思います。

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