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ブログについて
映画やTVドラマなどを観ていて、その中で流れてくる音楽、撮影に使われた建築やセットのデザイン、舞台の背景となるインテリア、登場人物が手にしているガジェットやプロダクトなどが気になったことはありませんか?
このブログでは、映画やTVドラマの中に登場するさまざまなものを調べて紹介していきます。そうしたものにも目を向けてみると、映画やTVドラマが今まで以上に楽しくなるはずです。映画、TVドラマ、音楽、建築、インテリアのどれかに興味がある方に、また自分と同じようにそのどれもが寝ても覚めても好きでたまらないという方に、面白いと思ってくれるような記事を発見してもらえたらという思いで書いています。
執筆者:伊泉龍一(いずみりゅういち)
ブログ以外には、以下のような書籍の翻訳をしたり、本を書いたりもしています。
ドン・ラティン著 伊泉 龍一訳
『至福を追い求めて ―60年代のスピリチュアルな理想が 現代の私たちの生き方をいかに形作っているか』
ロバート・C・コトレル 著 伊泉 龍一 訳
『60sカウンターカルチャー ~セックス・ドラッグ・ロックンロール』
ドン・ラティン 著
『ハーバード・サイケデリック・クラブ ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか?』
デヴィッド・ヘップワース 著
『アンコモン・ピープル ―「ロック・スター」の誕生から終焉まで』
サラ・バートレット 著
『アイコニック・タロット イタリア・ルネサンスの寓意画から現代のタロット・アートの世界まで』
『ツイン・ピークス』の後のジュリー・クルーズ(7)――ヘンリー・マンシーニの「スロー・ホット・ウィンド」のカヴァー曲。映画『トゥー・ラバーズ』と「ルージョン」
ここしばらく『ツイン・ピークス』の後のジュリー・クルーズの音楽を追っている中で、前回は2002年にリリースされた彼女の3枚目のアルバム『ジ・アート・オブ・ビーイング・ア・ガール(The Art of Being a Girl)』に耳を傾けてきました。今回は前回に話だけふってそのままにしていた同アルバムの中の「スロー・ホット・ウィンド(Slow Hot Wind)」について書いてみたいと思います。
前回述べたように、ジュリー・クルーズが歌う「スロー・ホット・ウインド」のオリジナルは、ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini)の1961年のアルバム『ミスター・ラッキー・ゴーズ・ラテン(Mr. Lucky Goes Latin)』に収録された「ルージョン(Lujon)」という曲のカヴァーです。
では、まずマンシーニのオリジナルのヴァージョンをお聴きください。
イントロのパーカッションに続いて、いきなりストリングスがぐっと入ってきて、一気にその流麗なメロディに心を持っていかれてしまいますね。
ちなみに、冒頭の不思議な音がするパーカッションは、曲のタイトルにもなっている「ルージョン」という楽器です。実は私自身、このルージョンという楽器の実物を見たことがなかったため、どんなものか知りませんでした。そこで調べてみたところ、ありがたいことにもパーカッションをインディペンデントで製作しているMatt Nolan CustomがYouTubeのチャンネルにデモンストレーションの動画をあげてくださっておりました。それを見ると、木製の共鳴箱に金属板が取り付けてあり、それをマレットで叩いて音を出しています。ご興味のある方は、以下でどうぞ。
マンシーニが何を思って「ルージョン」という曲を作ったかは別として、日本人の勝手な連想(あるいは私自身の勝手な連想)からすると、この曲のストリングスが奏でるエレガントなメロディーが似合うのは、他でもないニューヨークのマンハッタンの夜の光景といった感じではないでしょうか?
実際、2008年のジェームズ・グレイ(James Gray)監督の映画『トゥー・ラバーズ(Two Lovers)』では、ホアキン・フェニックス演じるレナード・クラディトーが恋をしているグヴィネス・パルトロー演じるミシェル・ラウシュとイライアス・コティーズ演じる彼女の不倫相手ロナルド・ブラットと、しゃれたイタリアン・レストランで食事をするために、マンハッタンの夜の街を歩いていく場面、そしてそのレストランに到着してからのしばらくの間の場面で「ルージョン」が使われています。
本題とはまったく関係ない話ですが、この映画の中で気になったどうでもいいことを書きます。劇中のミシェル・ラウシュとロナルド・ブラットによれば、そのイタリアン・レストランのカクテルのブランデー・アレキザンダーがおいしいとのことで、到着するなり最初のドリンクとして注文します。その場面を観ていて、こう思いました。「食前酒なのか、あるいはアンティパストと合わせてなのかは知らんけど、最初にアレキザンダーなんか飲むなんて信じられん」と。
あまりカクテルを飲まれない方のために念のために言っておくと、アレキザンダーのスタンダードなレシピは、コニャックをベースにして、そこにクレーム・ド・カカオとクリームを加えた一般的には甘みの強いカクテルなんですよ。「食後とかにしないと、お腹満たされちゃうでしょ?」と思うのは、私だけでしょうか? あるいは、十分にあり得ることですが、私がカクテルのたしなみに無知なだけなのでしょうか? または、あえてのアレキザンダーには映画のストーリー的なものとの深いつながりとかが、ひょっとして何かあったりするのでしょうか?
LIQUOR.COMのBrandy Alexanderのページを試しに見てみると、70年代のマンハッタンのアッパーイーストサイドのバーで、ブランデー・アレキザンダーは非常に人気のある飲み物だったそうですが……。本題とはまったく関係ないですが、以下のおいしそうなブランデー・アレキザンダーの写真を同サイトから引用しました。
ちなみにですが、LIQUOR.COMでのブランデー・アレキザンダーのレシピは以下の通り。
コニャック 1.5オンス
ダーククレーム・ド・カカオ 1オンス
クリーム 1オンス
飾り すりおろしたナツメグ
氷を入れたシェーカーにコニャック、ダーク・クレーム・ド・カカオ、クリームを入れ、よく冷えるまでシェイクする。冷やしたカクテルグラスかクープグラスに濾しながら入れる。おろしたてのナツメグを飾る。
味を想像してみてください。ヘンリー・マンシーニの「ルージョン」を聴きながら、ちょっと甘目に作ったブランデー・アレキザンダーを味わうというのであるならば、確かに合いそうではありますね。
どうでもいいカクテルの話を長々と付き合わせてしまいすいません。ここでよろしければ『トゥー・ラバーズ』をご覧になったことがないという方は、以下をご覧ください。このトレイラーでは、最初の方でヘンリー・マンシーニの「ルージョン」が流れていますよ。
この映画を観ていない方でトレイラーだけを見て、全編に渡るロマンチックな音楽の雰囲気から、なんか素敵な恋愛映画なのかなと思った方もいらっしゃるかもしれません。ですが、念のために言っておくと、その期待に沿えるかどうかというと、ちょっと違う感じです。
ひとことで言えば、恋をしてしまった人間の身勝手さや愚かさを、ただただリアルに描き出すことに終始している映画なのです。劇的なドラマもなければ、男女の愛をロマンチックに描いているわけでもありません。なので、映画を観て美しいロマンスや心温まる愛に感動して泣きたいといったようなセンチメンタルな気分の方には、ちょっとお勧めできない感じです(映画自体の出来栄え云々をけなしているわけではないですよ)。
ヘンリー・マンシーニの「ルージョン」に話を戻します。お聴きになった方はお分かりの通り、このオリジナルのヴァージョンには歌が入ってません。ですが、その後にアメリカの作詞家ノーマン・ギンベル(Norman Gimbel)が歌詞を付け、それをアメリカのジャズ・シンガー、ジョニー・ハートマンが歌っています。その歌ありのヴァージョンは、ハートマンの1964年のアルバム『ザ・ヴォイス・ザット・イズ!(The Voice That Is!)』に、「ア・スロー・ホット・ウィンド(A Slow Hot Wind)」という題名で収録されています。
以下で、ジョニ―・ハートマンが歌う「ルージョン」、すなわち「ア・スロー・ホット・ウインド」をお聴きください。
こちらのヴァージョンでは、楽器のルージョンだと思われる音がより鮮明に聴こえますね。人によっては眠くなりそうと言わてしまいそうなぐらいにゆったりと流れていく、いわばイージー・リスニング寄りのアレンジになっていますが、ジョニ―・ハートマンの温かみのある濃厚な声質はロマンチックなバラードにはぴったりですね。
以後、この曲はさまざまなシンガーによって歌われることになりますが、ここで個人的な好みという観点からすると、アメリカのジャズ・シンガー、サラ・ヴォーンの歌う「スロー・ホット・ウインド(Slow Hot Wind)」を、どうしても紹介せずにはいられません。お聴きになったことがない方は、以下でサラ・ヴォーンの比類のない素晴らしい歌をどうぞ。
いかがですか? この曲では、サラ・ヴォーンの高まっていく歌声の強烈なヴィブラートに心が共鳴して震えていくような感覚になりませんか?
このサラ・ヴォーンの「スロー・ホット・ウインド」は、1965年の『サラ・ヴォーン・シングス・ザ・マンシーニ・ソングブック(Sarah Vaughan Sings the Mancini Songbook)』というアルバムに収録されています。題名通り、このアルバムには「スロー・ホット・ウインド」以外にもサラ・ヴォーンが歌っているマンシーニの数々の曲が収録されています。
ちなみにですが、このアルバムには、前回話題にした犯罪・探偵ドラマの『ピーター・ガン(Peter Gunn)』の主題曲に歌詞がつけられたヴォーカル・ヴァージョンが「バイ・バイ(Bye-Bye)」という題名で収録されています。これはサラ・ヴォーンの低域の声の響きの良さが際立っています。個人的には、聴いたことがない人には、ぜひ聴いてほしいと強く勧めたいぐらい圧巻の仕上がりになっています。よろしければ以下でどうぞ。
冒頭すぐに入ってくるサラ・ヴォーンの聴き手に挑んでくるような歌い方に引き込まれてしまったと思うやいなや、一気に最後まで耳を完全に持っていかれます。
もしかすると曲によっては、サラ・ヴォーンの歌声のヴィブラートがくどすぎて苦手な人もいるかもしれません。ですが、少なくともこの曲では、そのヴィラートが適所のみで効かされていて、それによって彼女の偉大なる天性の歌声が最高にうまく引き出されているように思えます。繰り返されるロック的なリフをバックにして、「This is the last time we’ll meet(私たちが出会うのはこれが最後よ)」などと強がって相手への別れを宣言する歌詞を、ホーンセクションの音と競い合うかのように歌い上げる非の打ちどころのない声。つい何度も繰り返して聴きたくなります。
さて、肝心のジュリー・クルーズの「スロー・ホット・ウインド」についてです。ここにたどり着くまで、かなり引っ張ってしまいました。ですが、先行する曲を聴いた今、どんな歌になっているのだろうと気になりませんか? ぜひ以下でお聴きください。これまた期待をまったく裏切らない、ジュリー・ルイーズらしいアンニュイな気分漂う素敵なヴァージョンになっていると思いますよ。
ジュリー・クルーズのけだるげな歌声が入った途端に、曲の流れに引き込まれ、その心地の良いリズムに身を委ねながら、自然にゆっくりと首が左右にスウィングしてしまいませんか? 適度にエレクトロニカなアレンジになっていることで、それこそありがちな言い方ですが、この往年の名曲に新たな息が吹き込まれているようにも思われます。
同曲の入っているジュリー・クルーズの2枚目のアルバム『ジ・アート・オブ・ビーイング・ア・ガール』について総じて言えば、デヴィッド・リンチ&アンジェロ・バダラメンティにプロデュースされてドラマ『ツイン・ピークス(Twin Peaks)』で歌っていた頃のイメージに留まることなく、それとは別の彼女の新境地が展開されている(あるいはブロードウェイの頃の彼女の本来に戻った?)作品になっていると思います。もし前回と今回で紹介した同アルバムの曲が、自分の好みに合ったという方がいらっしゃったら、ぜひアルバムを通して聴いてみてください。
ところでですが、1998年のジョエル・コーエン監督の犯罪コメディ映画『ビッグ・リボウスキ(The Big Lebowski)』をご覧になったことはありますでしょうか? 観たという方は、そこでもヘンリー・マンシーニの「ルージョン」が使われていたのを覚えていらっしゃいますか? どこで流れるかと言うと、ジェフ・ブリッジスが演じるジェフリー・“デュード”・リボウスキが、ベン・ギャザラ演じるポルノ映画プロデューサーのジャッキー・トリホーンの豪邸にいる場面です。
以下の動画でその場面をご覧ください。ちょうど2分半ぐらいのところから、しばらくの間、二人の会話の背後で静かに流れ続けています。
映画をご覧になった方は分かるように、ここでの「ルージョン」は先に言及した映画『トゥー・ラバーズ』のような都会の夜の男女のロマンスを彩る曲ではなく、60年代頃の映画の悪役風を戯画的に演出するために使われています。こちらの画面を観ながらだと、むしろ「ルージョン」がコミカルな曲にも聴こえてしまいかねませんね。
それはそうとして、建築やインテリア好きの人だったら、むしろこの場面の舞台となっている豪邸の方へとつい目がいってしまいませんか? 先に言っておきますと、実はこれ、セットではなく実在の家なんです。となると、その全貌が俄然気になってきませんか?
最近は音楽の話に偏っていたので、次回はジュリー・クルーズの音楽の話題をいったん中断して、映画『ビッグ・リボウスキ』で使われた、この実在の家を中心にして建物やインテリアに関することを久しぶりに書いてみようかなと思います。
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